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元モー娘。に会ってきました [有名人取材]

水曜日は昼間は原稿を書き、夕方から取材で出動。

某誌の企画で元モーニング娘。の初期メンバーの1人、福田明日香さんに会ってきました。

といっても正面きって申し込んだ取材ではなく、俗に潜入ルポと呼ばれる類のもの。彼女の実家はフィリピンパブを経営しており、昨年ごろから明日香さん本人も夜、お店を手伝っているとか。そこで、「じゃあ、店に行ってみよう!」となったわけです。

同行したのは担当編集K氏にウチの新人くん、そしてボクの3人。しかも、新人くん、以前は“モーヲタ”と呼ばれる追っかけをやっていたほど熱狂的なモーニング娘。のファン。まさかこういう形で取材に役立つとはねぇ(笑)。

場所は多摩川に程近い都内大田区の某所。店は鉄筋4階建ての立派な建物で、2~4階はマンション。噂のフィリピンパブは1階にありました。

多少ドキドキしながら入ってみると、店内はかなり広々した空間。スペース的にはそこら辺コンビニの約1.5倍はありそう。あまりに広いため、昼間はダンス教室としても使われているようです。

で、問題の福田明日香さんはフィリピン人ホステスたちに交じってフツーに店のお手伝いをしています。我々が新規の客と見ると否や、さっそく店のママである彼女の母親が挨拶に。その後、カラオケやフィリピン嬢たちとの会話を楽しんでいましたが、しばらくたって明日香さんがボクらの席へ。

あくまで潜入取材のため、モー娘。の話は伏せつつフツーに雑談。なんでもインドに興味があるらしく、その昔、ボクがインドに行ったときの話などをすると、「私もそのうち行ってみたいんです」と語っていました。

また、カラオケで自慢の歌声を披露していましたが、やっぱり元歌手。初期モー娘。中ダントツの歌唱力を持っていただけに上手いんですよね。にもかかわらずボクの歌に手拍子をしてくれるなんて、ファンならずとも感激モノ。来てよかったとしみじみ思いました。

モー娘。といえば、先日2度目の喫煙を報じられて事務所を解雇させられた加護ちゃんの話題が記憶に新しいですが、福田明日香さんの場合はデビュー1年半あまりで引退。当時は早すぎる引退に、「もったいない」との声もありましたが、個人的には辞めて正解だったのかも。

芸能界って想像を絶するプレッシャーとストレスの中で仕事をしなければならず、当時人気アイドルグループとしての地位を固めつつあったモー娘。ならなおのこと。彼女と同じく若くしてグループに加入した加護ちゃんのその後の顛末をみればねぇ。それに明日香さんの場合、今の自分にあまり後悔している様子は感じられません。むしろ、自然体って感じで、個人的には非常にいい印象を受けました。

芸能界に残って活動するのも立派だけど、引退して水商売をしているからといっても決して落ちぶれているわけじゃない。ましてや実家ですからねぇ。パブといっても家業を手伝っているだけ。まあ、彼女目当ての客も多いようですけど、そういうのも承知のうえで、自然体で接しているようなカンジでした。

そもそもモー娘。自体、そこら辺にいるファンから見て、距離感の近そうな女の子たちを集めたユニット。現在の彼女を見る限り、つんく♂氏が掲げた当初の理念を今も守っている気がします。

まっ、フツーにいいカンジの子(といっても24歳)といったところでしょうか。

芸能界で成功することが決してその人にとっての幸せではないのかも。そんなことを考えさせられた1日でした。


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日本一マズいラーメン屋 [有名人取材]

本日は午前中に雑務をこなし、昼から取材に。

訪れたのはバリバリの下町、東京の千駄木にある『彦龍』というラーメン屋。

“日本マズいラーメン屋”との異名を持つ、その筋では知られたお店です。

その昔、「ダウンタウンのごっつええ感じ」や「タケシムケン」(ビートたけしと志村けんが共演していたバラエティ番組)などでマズいラーメン屋と紹介されて以来、すっかりその地位を不動のものにしてしまったとか。

しかも、ここの大将がなかなかのナイスキャラ。いかにも下町っぽい毒舌オヤジで、そのうえ短気。齢60にして、「俺はキレやすくてなぁ(苦笑)」などこの年代の人らしからぬ事を言ったり、個性的で面白い人物です。

そのキャラはネット界じゃ有名で、なんと人生相談のブログが大人気!

ただのマズいラーメン屋のオヤジになぜ……、と思いますが、まあ、それに対する対象のアドバイスも素晴らしい(笑えるって意味で)。挙句の果てには調子に乗ってブログ本もまで出す始末です。

ところで、問題のラーメンの味はというと、「思っていたほどマズくない」というレベル。普通のラーメンとマズいと評判の「ズァー麺」を頼み、食べ比べをしましたが、ノーマルなほうは普通。ズァー麺も別に吐き出すような味ではありませんでした。

たぶん、“日本一マズい”ってイメージを持っていくから逆に美味くかんじてしまうのかも。普通レベルの味でも予想以上の味だと、評価は高くなりますからね。

まさかこんな売り出し方があったとは。

ネガティブイメージをあえて前面に出すことで、あえてインパクトを与える。ビジネスにも応用できそうな手法ですね。

ただ、そのことを大将に指摘すると、「そこまでは考えなかったなぁ。アッハッハ」とひと言。

でも、マズい一筋で18年も営業しているんだから大したものです。

ラーメン好き、そしてモノ好きな人はぜひ一度食いにいってみては。


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津軽の羽柴秀吉 [有名人取材]

土曜日、飛行機に乗り遅れ、空港近くの秋田県大館市で1泊し、翌日朝イチの便で帰京。

しかし、11時から取材が入っていたため、羽田からその足で現場に直行。そのため、我が家に戻ってきたのはすでに陽の傾きかけた夕方のこと。結局、ロクに休みも取らないまま週末が終わってしまいました。まあ、「地方取材が仕事じゃなくて旅行みたいなモンだろ!」って言われたらそれまでなんですが(笑)。

ちなみに青森で取材した人物とは、あの羽柴秀吉氏。

と言いましても戦国時代の武将ではありません。その秀吉の生まれ変わりを自称し、温泉ホテルや建設会社などいろんな事業を展開する地元では知られた実業家。

ただし、一般の方には、よく選挙に立候補しては落選しているオッチャンといったほうがいいかもしれません。

 (後ろに見えるのは羽柴氏が建てたお城)

この羽柴氏、中卒ながら一代で財を築いた、今風に言えば下流から上流に成り上がった人物。ただし、格好はちっともセレブじゃありません。むしろ、作業着がビックリするほど似合います。

山を切り開いた広大な敷地には自宅をはじめ、お城に国会議事堂そっくりな形をした温泉ホテル、さらにミサイル基地、戦車などもあり、一体何を始める気なのでしょうか? さらに本人は「今は空母や戦艦を建造しとってなぁ。来年、十和田湖で羽柴艦隊の進水式兼お披露目会をやる予定なんだわ」とのこと。

でも、クーデターを起こす気は毛頭ありません。しかしながら、こんなことばかり続けていたら「公安からマークされるのでは」と、こちらが心配になってしまいます。けど、それでも選挙には立候補し続けるんだろうなぁ。

ただ、国会議員や知事はどうだろう? 選挙に出続けて約10年、市会議員あたりから初めていれば、今ごろ市長や県議会議員くらいにはなれていたかもしれないのに。まっ、天下人たる秀吉を名乗るだけあり、最初からハードルの高い選挙にリスク承知で出る潔さは好きですけど。

もし、羽柴氏とドクター中松、内田裕也と伝説の泡沫候補3人しか立候補してない選挙が行なわれたどうなるか?

「発明政治」を訴えるドクターに、「ロックで政治を変える」と息巻く内田氏、そして「天下を取るのが天命」と信じて疑わない羽柴氏。きっと有権者は悩むでしょうね。投票率は高くても何も記入しなかった白票が最も多かった、なんてことになりそうです(笑)。

http://www.youtube.com/watch?v=3BLp1IUEkik

(↑内田裕也「伝説の政見放送」の動画が見れます。ハッキリ言って爆笑です! なぜ英語???)

ただ、もし羽柴氏がボクの住んでいる選挙区に立候補したらどうしよう……。

「お土産持ってけ」ってその日産んだばかりの烏骨鶏の卵30個以上もくれたからなぁ(市場価格は1個200円以上!!)。

我ながら恥ずかしい。どうやら、すっかり買収されてしまったようです(笑)。


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とんでるオッサン・円広志 [有名人取材]

夕方、取材場所である関西テレビへ。

収録が終わるのを局内の喫茶店で待って、終了後に楽屋でインタビュー開始。

取材したのは円広志さん。

かつて「♪とんで、とんで、とんで……」のフレーズで知られるヒット曲『夢想花』を歌っていた人です(去年の24時間テレビでは宙吊りになりながら歌ってましたね)。本人は「単なる一発屋ですわ(笑)」と言ってましたが。

(収録直後でテンション高めです)

現在はタレントとして関西では数多くのレギュラー番組を持つ知られた存在。全国的な知名度は今ひとつかもしれませんが、『行列のできる法律相談所』など紳介さんの番組によく出ている人です。

まあ、会ってみての第一印象は、本人には失礼ですが「とにかく小っちゃい」。

これは多くの芸能人の方に言えることですが、イメージしているより背が低い人が多いですね。特に円さんの場合は、温和な優しそうなオッチャン、そんな感じがしました。

実際、インタビューをしてみても印象は変わらず、ときおり笑いを誘いながら自身の話をしてくれる。取材のテーマは病気の話なんで、そんな雰囲気が明るくなるような内容じゃないんですけどね。さすがは芸能人。話しぶりが巧みでした。

この日、取材したのは円さんだけでしたが、他にもプロレスラーの佐々木健介選手&北斗晶さんに元カリスマホストの城崎咲さんなど多数の有名人に遭遇。

特に健介選手と北斗さんは昔、取材でお世話になったこともあり、楽屋前の廊下でひと言ごあいさつ。初対面の城崎さんにはすれ違いざま、番組スタッフでもないのに「お疲れ様でした」と声を掛けられてしまいました。

あちこちの番組によくゲストなどで出演している人って腰が低い人が多いんですよね。だから、いろんな番組に呼ばれるんでしょうね。

けど、逆に高飛車な有名人にも会ってみたいなぁ。「何、ワタシに話が聞きたいわけ。フンッ!」みたいな。昔、よく取材していたキャバ嬢や風俗嬢に高飛車なコはごまんといたので、どう取材を進めればいいかは分かっていますし。

何よりブログのいいネタになりそうですしね(笑)。


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北海道の大スター・大泉洋 [有名人取材]

映画『ブレイブ・ストーリー』公開に合わせたプロモーションでしょうか。声優として同作品に出演している大泉洋を最近やたらとテレビで見かけます。

“北海道の大スター”と呼ばれる彼がデビューしてから約10年。デビュー作は地元北海道のテレビ局の深夜バラエティで、乳首の部分に穴の開いたサルの着ぐるみでススキノの夜のお店をレポートしていました。で、その後に出世作となる『水曜どうでしょう』があったんです。

当時、僕はまだ大学生だったんですが、すっかりハマっちゃって。ライターになってから取材で何度か会う機会がありましたが、メッチャうれしかったですね。

しかも、大泉クンも会うたびに知名度が上がっていき、ついには人気も全国区。爆笑トークを目の前で、しかもこっちのフリで喋ってくれて。

例えば、むかし大泉クンの地元の某スーパーで見かけたことを話すと、「遠くからでもひと目で分かったでしょう。長靴にスウェット姿でもボクはスターだからねぇ。さすがにスターのオーラまでは隠せないんだよねぇ(笑)」とコメント全体がボケ。インタビュー中、ほとんどの時間はそんなやりとりだったことを思い出します。

テレビの前で大泉クンが相変わらずの調子で笑わしてると、なぜかこっちまで嬉しくなる人って多いとか。これってどうも北海道人特有のことらしいです。

「ボクの後ろには北海道民がいますからねぇ。『巨人の星』の左門豊作の後ろに背後霊のようにいる弟たちみたいに(笑)」

その通り。元北海道民の俺だって付いているぞぉ。


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高須クリニックに行ってきたぞ! [有名人取材]

でも、別に美容整形しにいったわけじゃありません。

週刊S誌の取材で、院長の高須克弥氏に取材。高須クリニックとえいば、あのヒロミ郷がCMで「イェ~ス、高須!」と言っているアレです。

高須院長も『ビーティコロシアム』に出演してたり、まあ名物院長ってやつで取材にも協力的。今回、初めて会ったんですが、周りから聞いてたとはいえ、強烈なキャラでしたねぇ。

しかも、いきなり「どう? キレイでしょ。実は、昨日(整形を)やったんだよね」とひと言。確かに、齢60を超えた人の肌じゃなく、潤いのある美肌。自ら美容整形の効果を身をもって試しているという噂はありましたが、どうやら本当のようです。

院長によれば、「美人の数は人口に比例し、日本ではやはり東京が一番美人が多い」とのこと。ただ、北海道と沖縄は他の地域より、人口に対する美人の割合が若干多いそうです。

「これは民族学的に北海道はアイヌ系、沖縄は南方系の血が混ざっているため。実は、純血より混血のほうが美人が生まれやすいんです。例えば、中南米の国々は世界的に美人どころとして知られ、ミスユニバースの世界大会での優勝者も多い。つまり、あれも血が混ざり合っている地域だからなんです」

ハーフにイケメンや美人が多いのもそんな理由なんだそう。しかも、美容整形を受ける若い女性は意外にも美人のほうが多いそうです。

「美人は『もっとキレイになりたい』と思う傾向にあり、ウチに来る人もそういう方が多いですね。それに最近はプチ整形が流行り、気軽にできるようになった。今は春休みだし、学生さんとかも来ますよ」

知り合いのコにもプチ整形を試したというコは何人かいたし、中高年のオバチャン世代にいたっては美容整形をする人がここ数年で激増。日本も今や世界を代表する美容大国。高須院長は「美の帝国を作って、そこの支配者になりたい」なんて言ってましたが、あながちホラ話にも聞こえないんですよね。

でも、美容整形かぁ。顔をいじるのはちょっと抵抗あるけど、脂肪吸引だったらやってもいいかも(笑)。


プロレスラー・小川直也 [有名人取材]

今週は取材ラッシュ。

とにかく朝から晩まで取材の連続、芸能人からスポーツ選手、そして風俗嬢にキャバ嬢まで。合わせて30名近くの方に会ってきました。

なかでも一番の大物は、大晦日世紀の一戦を控えている小川直也選手。この秋、完成したばかりの道場にお邪魔してインタビューしてきたのですが、取材のテーマというのが格闘技にまったく関係のない話なんです。他にも数社のマスコミがいたのですが、彼らはみんな12月31日のvs吉田秀彦戦についてのコメントを聞きにきたのに、僕だけ取材テーマはなぜか「ギャンブルについて」。そんなこともあり、こっちから取材を頼んでおきながら、ただただ恐縮するばかりでした。

しかし、そこはプロレスラー。今回のようなアホなテーマの取材でもちゃーんと協力してくれるんですよね。日ごろから「俺は柔道家でも格闘家でもなくプロレスラー」と言ってますが、まさにその通り。レスラーの方って基本的にどんな取材でも受けてくれるんですが、その点でいえば小川選手のマスコミ対応はプロレスラーそのものでした。

ちなみに取材はインタビューは約20分ほど行ったのですが、その間に語ってもらったのは競艇と競馬、パチンコについて。学生時代、パチンコの「スーパーコンビ」という台が好きだったそう、自ら“スーパーコンビの鬼”と名乗るほど相性がよかったこと、さらにはイベントの営業で競艇場に訪れた際、ついでに買った舟券が200倍以上の配当になり、その日のギャラをはるかに上回るン百万円をゲットしたことなど数々のギャンブル武勇伝を語ってもらいました。

賭け事の場においてもハッスルできるとはさすが。それにしても競艇での大勝ちはうらやましい限り。3連単に加え、3連複、連複とトリプルで当てていたそうですから、その勝負勘には恐れ入ります。

しかも、最近は自身のパチンコ台まで出す始末。ただし、その台「CRフィーバー暴走王小川直也」で僕は先月10万円勝たしていただいているんです。

だから、取材の際に思わず本人にお礼しちゃいました。
小川選手も「実は最近、人から『ありがとう! 勝たせてもらったよ』って言われること多いいんですよ。大負けしたって文句言われたらどうしようって思ってたからうれしかったですねぇ」とか。

僕らパチンコファンはホールでハッスル!
そして、小川選手にはぜひ試合でハッスルパワーで勝利を収めてほしいものです。


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蛭子さんと競艇へ [有名人取材]

今日は祝日「勤労感謝の日」。
でも、働いていても誰から感謝されることもなく、朝からお仕事です。

この日、訪れたのは平和島競艇場。漫画家でタレントの蛭子さんを取材するためだったんですが、ギャンブラーの僕としては競艇場の雰囲気に取材そっちのけでワクワクモードに。

どうも、父譲りの勝負師の血が騒いじゃうんですよねぇ。

そのため、蛭子さんへのインタビューはレースとレースの合間に断続的に実施。2人とも舟券(競馬でいう馬券。競艇はモーターボートなので)を買っているので、レースが始まると取材どころではなくなってしまうんです。

しかし、この日は僕も蛭子さんもあえなく轟沈。僕は6レース分も買ったのに1回も当たらず。まあ、遊びでやった程度なので痛くはありませんが、やっぱり勝ちたかったですね。


ちなみにこれはレースをモニターで観戦する蛭子さん。テレビでも見せない実に真剣な表情です。ただ、何もモニターなんぞ見なくても目の前のコースでレースをやってるのに……。

なんてツッコミつつ話をしていたのですが、思えば失礼の数々を働いちゃったかも。でも、蛭子さんと僕は取材する側、される側だけの間柄ではなく、もっと深~い関係。実は、蛭子さんの息子と僕は高校時代同じクラスだったんです。つまり、元クラスメイト。

僕が途中で辞めちゃった埼玉の高校でのことだったんですが、教室では結構話はしていたかも。まあ、超仲良しではなかったけど、向こうが僕のことを覚えていてくれて、それで蛭子さんとも仲良くさせていただいているというわけです。

だから、取材を頼むときはいつも本人のケータイに直電。本当は所属事務所を通さなきゃいけないんですけどね(苦笑)。

この場を借りて謝っときます。
蛭子さんの事務所の方々、勝手に取材しちゃってゴメンナサイ。m(‐_‐)m

まあ、本音を言うと、こういう有名人本人とのホットラインがあるとすごい助かります。他にも何人かこういう人がいますけど、困ったときに頼れますしね。

蛭子さん、どうもありがとう。

でも、蛭子さんのアドバイスに従って買った舟券は全部ハズレちゃっいましたけど(笑)。


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破壊王・橋本真也② [有名人取材]

故・橋本真也選手の通夜に参列してきた。

驚いたのは斎場に駆けつけた人の数。およそ2~3000人は来ていたと思う。当然、報道陣も多く集まっていたが、自分のようにプライベートとして来たマスコミ関係者も多かった。そのうち数人の編集者やライターと話す機会があったが、誰一人として故人のことを悪く言う人はいない。プロレス業界の人に聞いても同様で、生前から周囲の人から好かれている存在だったようだ。

参列したファンのなかには泣いている人も多く、それはマスコミ関係者を見ても然り。レスラーの人も確認する限り、数人は号泣していた。

今日で亡くなって5日が経つが、この間ほぼすべてのスポーツ誌の1面を飾り、普段はTスポ紙のようにプロレスや格闘技をまったく扱わない夕刊F紙も2日続けて橋本選手の記事が1面。テレビをつければ、あのNHKのニュースでも橋本選手のことを報じていた。

つまり、それだけの存在であったということだろう。会場では在りし日の橋本選手の名勝負が祭壇脇のモニターで流され、BGMとして入場テーマ曲『爆勝宣言』がエンドレスでかかっている。プロレスラーとして最も脂の乗る時期だっただけに残念でたまらない。

思えば、橋本選手は誰より団体間の交流をより盛んにし、その垣根を取っ払いたいと考えている人であった。例えば、生前常々語っていた“闘魂三銃士興業”などはその典型だ。蝶野正洋も武藤敬司もかつては同じ新日本プロレスの同期だったが、今や全員が所属団体が違う身。低迷が続くプロレス界再興のキラーコンテンツとして期待されていたが、結局それが叶うことはなかった。

しかし、橋本選手の死を機に各団体が「組織の垣根を越えて追悼興業を行おう」という動きが出ている。プロレスファンとしてはぜひ実現させて欲しいし、誰より橋本選手がそれを願っているだろう。

個人的には各団体合同の追悼興業が実現できたら、それを機に「プロレス協会」のようなコミッショナー組織を作ってほしい。サッカーでいう日本サッカー協会やプロ野球でいう日本プロ野球機構のようなものだ。そして、協会主導のもと1~2年に1度、各団体のチャンピョンを含むトップレスラー数人ずつが参加して真の最強を決めるイベントを実施。要はサッカーで言うところの「ヨーロッパチャンピョンズリーグ」をプロレスでも行えばいいのだ。

各団体のレベルや規模に応じて出場枠の数を変え、新日本プロレスとNOAHは3枠で全日本プロレスとハッスルが2枠、ドラゴンゲートやZERO-ONE MAX、みちのくプロレス等その他団体が1枠ずつ。これと別にIWGPや3冠、GHCなどの現役王者は「チャンピョン枠」として別枠で参加。6~7人×4組に分けた1次リーグと決勝トーナメント、もしくは決勝リーグという構成にし、王者枠参加のレスラーは1次リーグ戦免除扱いにしてもいい。これなら恐らく総勢25名前後のレスラー参加のイベントになるはず。

全員が各団体のエース級なので、例えば
1次リーグ予選A組
蝶野正洋(新日本プロレス)
武藤敬司(全日本プロレス)
小川直也(ハッスル)
三沢光晴(NOAH)
佐々木健介(フリー)
桜庭和志(高田道場)
なんて組み合わせもあり得るだろう。

これはサッカー欧州チャンピョンズリーグでいうならACミランとバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドとバイエルン・ミュンヘンが同組になったようなもの。橋本選手が頭の中で描いていたのは、このような“プロレス版チャンピョンズリーグ”だったといわれている。

確かに、やれるものならぜひ見てみたい。けど、できれば面子のなかに橋本真也もいてほしかった。それだけに彼の死がただ残念でたまらない。


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破壊王・橋本真也① [有名人取材]

プロレスラー橋本真也が亡くなった。

http://www.zakzak.co.jp/top/2005_07/t2005071120.html

まだ40歳。あまりに早すぎる死だ。

思えば、ライターなってはじめて取材したプロレスラーが橋本選手。01年3月、F-EX誌のインタビュー企画で最初にお会いしたのだが、カメラが回ってないときも終始笑顔で、とても感じのよい人であった。

以降、自分の担当した企画で何度もお世話になり、当時橋本氏が代表を務めていたプロレス団体、ZERO-ONEの試合もたびたび見させてもらい、食事をごちそうになる機会もあった。大変マンガが好きな人で子供のように『北斗の拳』について熱っぽく語っていたのがまるで昨日のことのようだ。

だが、豪放な一面の裏でどこか寂しそうな、そんな影を背負っているように思えた。母子家庭で育ち、貧しかった少年時代。高校生のときに母親を亡くし、頼れる家族もいなかった。それだけにレスラーとして成功し、「(生きていれば)苦労した母親に楽をさせてやりたかった」という思いもあったそうだ。

プロレスラーとしての人生も決して順風満帆ではなく、後の盟友、小川直也と引退をかけた試合で敗れて引退し、自ら起こした団体ZERO-ONEも経営が悪化し、責任を取って退任。億単位の負債を抱え、そのうえ肩の故障による長期離脱中と、これから再起をかけなければならなかった矢先での訃報。取材者として、いちファンとしては実に悲しい限りだ。

“破壊王”としてのニックネームで親しまれ、同期デビューの蝶野正洋や武藤敬司らとともに“闘魂三銃士”と呼ばれたこともあった。蝶野選手や武藤選手にも過去何度か取材したが、同期ということもあり、他のレスラーとは違う存在のよう。新人時代の集団脱走計画話や下ネタ話など、貴重なバカ話の数々も全員からうかがった。恐らく、彼らも今回の訃報に驚き、そして二度と対戦できないことを悲しんでいるだろう。

生前、記念として橋本選手が得意とするミドルキックを蹴り込んでもらい、足にアザができたのも今となってはいい思い出(もちろん軽く蹴ってもらっただけだがそこはレスラー。かなり痛かったです)。

この痛みとともに橋本真也というレスラーの名は決して忘れることはないだろう。


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